【遠隔ヒーラーへの軌跡】

 

 

 

1『ヒーラーとしての過去』

 

 元々私はヒーリングを傷病者の傷口や、痛むと言われた部位に直接手をかざして行う、古典的先入観に基づく方法で行っていた。

 

 代々そういった技術を継承する家系の出身でもなければ、その筋の誰かに弟子入りした経験があるわけでもなかった私が、自分の「能力」の掌握と、その可能性を追求して行くためには、文献やネット上の情報を自ら分析・精査していく以外に方法がなかったからであるが、実際、怪我等をしている人の負傷等部位に5cm位の距離を置いて手をかざすと、磁石のような反発や弱めの電流のような感覚を認識する事ができた。
 
 そして、その感覚を維持しながら手をかざし続ければ、殆どの場合傷病者は、指一本触れられていないはずの患部に何らかの心地よい感覚(温もりや清涼感)を覚え、次第に苦痛も和らいでいった。

 また個人差こそあるが、ヒーリングを受けた患部は、当初の処置に当たった医師の予想よりも早く治癒していく傾向があり、依頼者から後に「あの後の診察で先生が驚いてました」といった報告を受けた事も何度かあった。

 

 また、後の遠隔ヒーリングのヒントとなったきっかけは、患部に直接手をかざさずにできるヒーリング法の発見と、その修得の成功にあった。

 

 それは、患部に手をかざさなければ得られないと思っていた感覚が、自分の両手の中に作り出せる事(両手でバレーボール大の風船を持つような感覚)を発見した事であり、その手法を完全にマスターした事で、それ以降私は、相手との距離を離してのヒーリングができるようになった。
 

 


2『過去に成功していた遠隔ヒーリング検証』
 
 当初の「自宅療養研究所」を開設する遥か以前に、実は私は遠隔ヒーリングの実行経験と検証成功の実績を持っていた。
 
 2003年頃の事である。

 日々の実績と研究の末、「両手方式」の他に「意識のコントロール」のみで効果的なヒーリングができるようになった私は、「傷病者と直接対面しなくてもヒーリングする事は可能なのか?」また、可能であるとすれば「何百kmも離れた相手に対しても有効なのか?」
 それらの事について検証してみたくなり、当時自分が住んでいた地域から700km近く離れた地方に嫁いでいる実姉に協力を依頼した。
 
 姉は健康体だったので、毎日の主婦としての水仕事で酷く荒れた状態にあったという「両手」に対して遠隔でのヒーリング検証を行ってみる事となり、あらかじめ電話で打ち合わせした時間の中で行う事になった。
 
 ただ姉の方には(忙しい時間に申し訳ないが)ヒーリングが行われている時間中(10分間)はなるべくじっとしていて、特に「手」については、何らかの感覚を受ける可能性が高いので、その様子を観察しておいてほしい。と特に頼んだ上で実行した。
 
 翌日の姉からの報告によると、ヒーリングが行われている時間中、姉の両手には暖房器具で暖められているような温もりと、電流のようなピリピリとした痺れが感じられていたという。

 また、いつもなら必ず就寝前に両手に手荒れ防止クリームを塗るところをあえて塗らずに寝てみたが、手荒れは悪化しておらず、以前塗り忘れて寝てしまった翌日の状態と比較してみれば、不思議としか言えない状態。との事だった。
 
 私は姉が検証の中で起こるであろう事に対して(過度な期待による)「自己暗示」によって、良好な効果を導き出した可能性は極めて低いと考えている。
 
 それは姉が元々この検証への参加にあまり積極的ではなかった事からも頷けるが、それ以上にその検証結果に信憑性を与えた要因は、姉が報告してきたヒーリング中に感じたという、「温かさ」と「電流のような痺れ」という感覚である。
 
 それまで私が行ってきたヒーリングの詳細について、検証に協力してもらうための最小限の説明しか受けていなかった姉は、それらの感覚についての概念は、一切持ち合わせていなかったはずだったからである。

 

 

 

3『癌との初対決』

 

 遠隔ヒーリングの検証とほぼ同じ時期、当時職場の同僚から年輩の末期癌患者の親族を紹介され、渋々ヒーリングを引き受けた事があった。
 
 私自身、自分の能力に自信を持ち、実績も十分に築き上げられて来ていた時期ではあったが、到底乗り気にはなれなかった。

 当然の事であるが、プロの医療が匙を投げた末期癌患者に対し、生命の危機にない相手へのヒーリング経験しかない自分に一体何ができるものかと考えていた。

 

 当日、ヒーリングを始めるため、いつも通りの要領で相手の方の「気」に集中した瞬間、経験した事のない金縛りに近い全身への重圧と「深い闇」が、まるで光のような速さで私の意識の中へ侵入し襲い掛かってきた。

 

 その「闇」は、肉体の視覚で感じる闇ではなく、「心の眼」で感じているとしか表現しようのない闇だった。

 

 その「闇」の正体が一体何だったのか、それは今でも分からない。

 

 ただあの時、私はその「闇」には「意思」があるように感じたのを覚えている。

 

 あの「闇」の感じは、燃え尽きかけている生命に取り憑いている邪な存在の「気」とでも言うのか、直感的に危険を察知した私は「今、気を抜けば自分が取り憑かれる!」と思い、意を決して自分の気を操り格闘した。

 直接 人の形をした「何か」と掴み合っていた訳ではない。しかしあの感覚は紛れもなく「意思を持った何か」との格闘だった。

 ただ、不思議と恐怖を感じたのは最初のうちだけで、あの「己の力を全力でぶつけ合う真剣勝負のような攻防」には、不謹慎ながらも恐怖や緊張とは裏腹の「充実感」さえ感じられるようになって行った。

 

 時間にして20分前後の出来事だったが、あまりにも集中していたためなのか、終わってみれば、ほんの一瞬の出来事であったように思えた。

 

 「お大事に」
 
 その方に深くお辞儀して部屋を出た時、私の心にはもう、恐れも不安もなかった。

 

 少なくとも、私自身が「闇」に取り憑かれることはなく、また、その時間の中で私はその方のために、やれる事は全てやれたのだ という確信が持てたためだった。

 

 数日後に同僚から、もう食事をする事ができなくなっていたというその方が、うどんを口にする事ができるようになったという、感謝の報告を受けた。

 

 希望を持った同僚は「またお願いします」と言っていたが、それ以降ヒーリングの依頼はなかった。

 

 後の同僚の話によると、その後ヒーリングを希望しなかった理由は、親族で話し合った上での結論だったという。

 結局、私がその方とお会いしたのは、あの日が最初で最後であり、私はあの方がいつ亡くなられたのかを知らない・・
 
 ただ私はあの日一つだけ、心に小さな満足を得た。

 もう終わりの時を待つだけだった一つの生命に対して、赤の他人であるはずの自分が、ささやかな「癒し」を与える事が出来たのが嬉しかった。